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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4882号 判決 1967年4月13日

原告 宇田川信次郎

同 有限会社宇田川商店

右代表者代表取締役 宇田川信次郎

原告ら訴訟代理人弁護士 平井博也

同 山田滋

同 森吉義旭

被告 加藤文雄

被告 相沢睦郎

被告ら訴訟代理人弁護士 樋口俊二

同 小堀樹

主文

1、原告宇田川信次郎の被告相沢睦郎に対する土地の分筆及び所有権移転登記手続請求の訴を却下する。

2、原告らのその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立及び主張

別紙要約書記載のとおり

第二、証拠 ≪省略≫

理由

一、まず、原告宇田川の被告相沢に対する土地の分筆及び所有権移転登記手続を求める請求について判断する。

原告宇田川は、別紙目録第二記載の土地(以下本件土地という。)は国の所有であるが、これにつき被告相沢が何らの権限なく登記簿上所有者として登記されているので、国は被告相沢に対してその所有権移転登記手続を求める権利を有するところ、原告宇田川は本件土地を国から賃借しているので、賃借権保全のため国に代位して本件土地の所有権移転登記手続(及びそのための分筆登記手続)を求める、と主張するのである。しかしながら、土地の賃借人が、その賃借権を保全するため、賃貸人に代位して、賃貸人の有するその土地の所有権移転登記請求権を行使することは、その賃借権を登記する旨の特約がある場合を除いては、当然には許されないものと解さなければならない。というのは、債権者が民法四二三条により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するものと解すべきところ、賃貸人の有する土地所有権移転登記請求権の代位行使により賃貸人の受けるべき利益は土地の登記簿上の所有名義の取得であるが、賃借権は、それを登記する旨の特約がある場合の外は、登記とは関係のない債権であるから、これによって、賃借権登記の特約のない賃借人の賃借権が保全されるものでないことは明らかであるからである。してみれば、原告宇田川の賃借権につき登記の特約があるとの主張も立証もない本件においては、原告宇田川は、本件土地の所有権移転登記請求権(及びそのための分筆登記請求権)を代位行使する資格を有しないものといわなければならず、原告宇田川の右の請求についての訴は、その余の点について判断するまでもなく、不適法として却下すべきものである。

二、つぎに、原告宇田川の本件土地の所有権及び賃借権の確認請求について、被告らは訴の利益がないと抗争するので、これについて判断する。

被告加藤が本件土地賃借人として、所有者の亡相沢喜兵衛(被告相沢の被相続人)に代位して、原告宇田川に対して建物収去土地明渡を求める訴訟を提起し、原告宇田川に対し本件土地上の建物を収去して本件土地を明け渡すべき旨を命じた判決が確定したことは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、原告宇田川と被告相沢との間では、被告相沢が原告宇田川に対して本件土地の明渡請求権を有することが既判力をもって確定されたことは明らかであり、原告宇田川はこれを争いえないことはいうまでもない。してみれば、本件土地についての国の所有権確認及び原告宇田川の賃借権確認をしたところで、原告宇田川の負う本件土地明渡義務に何らの影響を与えるものでないことは、被告らの主張するとおりである。しかし、それだからといって、原告宇田川の右の確認請求が訴の利益を欠くというのはいささか早計である。すなわち、本件土地の所有権の帰属及び原告宇田川の賃借権の有無によって律せられるのは、たんに右の被告相沢の原告宇田川に対する本件土地明渡請求権の存否に尽きるものではなく、たとえば本件土地の正当な占有権者は何人であるかということも右の点を明らかにすることにより解決されるべき問題である。現に、本件訴訟におけるような原告宇田川の土地明渡請求や損害賠償請求も、本件土地所有権の帰属及び原告宇田川の賃借権の有無に関する紛争にまつわって発生した紛争であり、これについて確認をすることは、この点についての紛争を原因とする両者の法律上の地位の不安を除去するために、有効適切な手段であるということができよう。従って、原告宇田川の右の確認請求は訴の利益がないものといえないから、被告らの主張は採用できない。

三、そこで進んで、本件土地の所有権の帰属につき考える。

本件土地がもと相沢喜兵衛の所有であったこと、相沢喜兵衛は昭和二一年頃財産税納付のために本件土地につき物納許可申請をなし、昭和二二年八月五日物納許可がなされたこと、昭和二三年一一月二五日本件土地につき国に対する所有権取得登記がなされたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫を考え合わせると、次の事実が認められる。

相沢喜兵衛は、本件土地につき前記のように昭和二二年八月五日物納許可の処分を受けたが、その後杉並税務署長に対し物納の解除を申請した結果、昭和二三年六月頃物納解除(その法律上の性質は後に述べるとおり物納許可の撤回)の通知を受け、その頃金銭で財産税の納付をすませた。ところが、右の物納許可の撤回は担当税務署員が署長の決裁を経ないでしたものであったところから、その後になって税務当局との間に前記物納許可の撤回の有無及びその効力について争いがおこり、杉並税務署長は同年一一月二五日本件土地が前記物納によって国の所有となった旨の大蔵省のための所有権取得登記をあえてするに至った。そこで、相沢喜兵衛は、昭和二四年五月国に対し右の所有権取得登記の抹消を求める訴えを提起したところ、訴訟中に示談ができて、税務当局は本件土地所有権が相沢喜兵衛に帰属することを認め、昭和二四年一〇月一九日杉並税務署長の嘱託によって前記の大蔵省のための所有権取得登記が抹消された。

以上の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

この事実によれば、前記示談の趣旨は必ずしも明確でないが、この示談の際杉並税務署長は前記の税務署員が署長の決裁を経ないでした物納許可の撤回を追認してこれを有効なものと認めたか、あるいは、少なくとも示談の際に新たに物納許可の撤回をしたものと解することができるのであって、いずれにしても、おそくとも前記所有権取得登記が抹消された昭和二四年一〇月一九日以降は本件土地の所有権は相沢喜兵衛に帰属するものと認めるのが相当である。

原告らは、財産税法には物納の解除の規定がないから、物納解除は無効であると主張する。しかし、いわゆる物納解除は先になされた行政行為としての物納許可の効力を将来に向って失わせる行政行為であって、その法律上の性質は物納許可の撤回であると解せられるところ、行政行為は公益上の必要があるときは、撤回をなしうる旨の規定の有無にかかわらず、原則として自由に撤回できるものと解すべきであり、ことに本件においては前記認定のように物納許可の相手方である相沢喜兵衛の申請によって物納許可の撤回が行われたものであるから、撤回をなしうる旨の規定がないからといって、物納許可の撤回が無効とされる理由はない。また、原告らは、物納解除の許可証がないから物納解除は無効であると抗争するけれども、物納許可の撤回について特に方式の定めがない以上、書面によらなかったとしても、それが当然無効になるということはできず、原告らの主張はとるに足りない。

してみれば、前記物納許可の撤回が無効であるとの前提のもとに本件土地の所有者が国であるとの原告らの主張は採用できない。

四、従って、原告宇田川の本件土地が国の所有に属することの確認を求める請求は失当である。

また、原告宇田川の賃借権確認請求、土地の引渡及び損害金支払請求並びに原告会社の損害金支払請求は、いずれも本件土地の所有権が国にあることを前提とするところ、この前提が認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

五、よって、原告らの請求のうち、土地の分筆及び所有権移転登記手続を求める部分は不適法であるから、これについての訴を却下し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 佐藤安弘 今井功)

<以下省略>

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